ポリエチレンガイドPOLYETHYLENE GUIDE

アイオノマー:高機能ポリオレフィン、新たな展開へ。

アイオノマー:高機能ポリオレフィン、新たな展開へ。

アイオノマーとは

アイオノマー(ionomer)は、 高分子鎖に少量(15 %以下)のイオン基を導入したプラスチック材料の一種です。この素材は、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレンなどの疎水性高分子に、カルボキシル基やスルホン基などのイオン基を側鎖として少量導入することにより作られます。アイオノマーの特徴は、ホスト疎水性高分子マトリックス中での親水性イオン基の凝集により、疑似架橋点を形成する点にあります。この疑似架橋点は力学的性質を向上させる機能もあります。また、アイオノマーは室温でネットワーク構造を持ちながらも、加熱することで疑似架橋がほぐれるという特性によって熱可塑性も示すため、押出成形や射出成形、フィルム加工といった様々な成形加工が可能である点も大きな特長 です。

アイオノマーの歴史は、1950年代前半にさかのぼります。BF Goodrich社(米国)は、ブタジエンアクリロニトリルアクリル酸共重合体のZn塩が引張特性および接着性に優れていることを報告しました。また、DuPont社(米国)はスルホン化クロロポリエチレンの金属塩を開発し、「Hypalon™」として市販しました。これらの初期の試みを皮切りに、多様な構造のアイオノマーが開発されました。
特に注目すべきは、1964年にDuPont社が上市した「Surlyn™」です。これは低密度ポリエチレンと同様の高圧ラジカル重合法によって製造されるエチレンメタクリル酸共重合体、あるいはエチレンアクリル酸共重合体のNaあるいはZn塩であり、透明で強靭な熱可塑性樹脂として優れた特性を持ちます。この特性を活かして、Surlyn™は食品包材などの分野で広く普及しました。Surlyn™はいわゆるエチレン系アイオノマーの一例であり、現在では三井・ダウポリケミカル株式会社から「ハイミラン®」として市販されており、特に深絞りという厳しい加工が要求されるハム・ベーコンなどの包材フィルムや、高い反発性能を活かしたゴルフボールなどの用途に欠かせない材料になっています。

アイオノマーの基本物性とその応用

アイオノマーは、そのユニークな構造により、多岐にわたる物理的及び化学的性質を持ちます。このセクションでは、アイオノマーの代表的な性質について紹介します。

  • 機械的性質
    アイオノマーの機械的性質は、その用途を決定づける重要な要素です。一般的にアイオノマーは高い引張強度と優れた衝撃強度を有し、耐摩耗性にも優れています。イオン基の凝集により形成されるドメインが、これらの機械的性質を向上させることが知られています。
  • 熱的性質
    アイオノマーの熱的性質は、構成するポリマーの結晶性と、中和によって形成されるイオン凝集体の影響によりコントロールされます。エチレン系アイオノマーのベースとなる、中和されていない原料ポリマーの融点は100115℃程度ですが、イオン凝集体が結晶の成長を妨げるために融点は60℃110℃まで下がります。
    一方で融点付近でのイオン凝集体は比較的強固に存在するため、 その温度帯においてアイオノマーは非常に高い粘度を示します。しかし、高温になるにつれてイオン結合は弱まり、200℃付近では射出成型やフィルム成形などの一般的な成形法が適用可能な粘度まで下がります。
  • 光学的性質
    アイオノマーは、透明性が高いものから不透明なものまで、様々な光学的性質を示します。中和度の高いものほど結晶性が阻害され、透明性に優れる傾向を持ちます。高い透明性を求められる包装材料やレンズなどへの応用では、これらの性質が重要視されます。
  • 化学的性質
    アイオノマーは親水性のイオン基と疎水性のポリマー鎖から構成されるため、独特な化学的性質を持ちます。化学的性質の代表例として、異種基材に対する優れた接着性が挙げられます。特に金属、紙、ガラス、ポリアミドに代表される極性プラスチック、などの材料に対して良好な接着性を示します。これは、イオン基が基材の表面と強固に結合することで発現し、異種材料同士の接着やコーティング剤として使用されています。
    また、アイオノマーは多くの化学物質に対して高い耐性を示します。酸やアルコール類など、アイオノマーの極性基と強く相互作用する薬品に対しては変色や膨潤がみられることもありますが、アルカリや潤滑油、食用油に対しては高い安定性を示します。この化学的安定性により、シール材や保護膜への活用が期待され、化学工業分野などへの応用にも適しています。

直鎖状エチレン系アイオノマー

日本ポリエチレン株式会社の新たな開発が生み出した直鎖状エチレン系アイオノマーは、従来の多分岐エチレン系アイオノマーと比較して、物性において大きな違いを示しています。このセクションでは、これら二つのタイプのエチレン系アイオノマーの主な違いに焦点を当てて解説します。

  • 多分岐エチレン系アイオノマー
    高圧ラジカル重合法により製造されたエチレン系アイオノマーの一次構造は多分岐状となります。このタイプのアイオノマーは、様々な用途への応用が進められ幅広い製品に適用されてきました。一方で、多分岐構造による靭性の低さが課題とされています。 一般に多分岐構造のポリマーに多く存在する分子鎖末端は、破壊の起点となりやすく、材料としては脆くなることが知られています。そのため、多分岐エチレン系アイオノマーは耐衝撃性能が要求される製品や摩耗するような環境での使用には適用が難しいという課題 があります。
  • 直鎖状エチレン系アイオノマー
    直鎖状エチレン系アイオノマーは、先進的な遷移金属触媒を用いた独自の重合技術によって生み出されました。この新たなアイオノマーは直鎖状の一次構造を有し、破壊の起点となる分子鎖末端の数を最小限に抑えているため、靭性や耐摩耗性が格段に向上しています。また、多分岐エチレン系アイオノマーと比較して高い結晶性を有するため高融点・ も特徴です。これらの優れた物性は材料の耐久性向上に貢献し、従来用途のみならず様々な分野における応用が見込まれています。
  • 物性の違いによる影響
    直鎖状エチレン系アイオノマーの高靭性かつ高融点・高剛性といった特性は、耐久性や機械的特性が重視される領域での利用価値が高まると想定しています 。例えば、テニスラケットやゴルフボール、シューズのソールに使用される場合、従来の多分岐エチレン系アイオノマーを使用したものと比較して、 優れた反発弾性や耐摩耗性を実現することが期待されています。さらに、直鎖状エチレン系アイオノマーは、インフレーション法によるフィルム成形にも適しています。これは、包装材料やフィルム製品といった分野での使用を可能にします。直鎖状エチレン系アイオノマー製のフィルムは、耐摩耗性に優れるだけでなく、高透明性と高光沢性といった特性も持ち、光学物性を必要とする製品への適用が見込まれます。このように直鎖状エチレン系アイオノマーは力学性能の向上に加え、光学特性をはじめとする新たな機能を発現させることが可能です。

直鎖状エチレン系アイオノマーは従来の多分岐エチレン系アイオノマーと比較して、耐熱性、優れた機械特性や光学特性などの物性において顕著な違いを示します。これにより、特定の用途において従来品を超える性能を発揮することを期待されています。

直鎖状エチレン系アイオノマーの未来へ向けた想定用途

直鎖状エチレン系アイオノマーの展開が考えられる用途について解説します。
すでに流通している多分岐エチレン系アイオノマーは疑似架橋を持っていることが特徴であり、これらの性質は多様な産業分野での使用を可能にしています。すでに実用化されている用途としては、自動車部品、ラミネートチューブ、スナックや粉体の包装、食肉包材、医薬品包装、液体紙容器、改質剤、水性塗料、接着剤などがあります。
直鎖状エチレン系アイオノマーは、その独特な構造と性質により、多分岐型アイオノマー材料と比較して性能向上を狙えることから、リサイクル材、3Dプリント原料など幅広い用途への応用を期待しています。 
リサイクル性に関して、ゴム材料などの架橋によって物性を向上させている素材とは異なり、架橋構造を有しながらも溶融する事が可能で、マテリアルリサイクル適性を両立しています。直鎖状エチレン系アイオノマーの分子構造に由来する優れた機械物性と、イオン結合による疑似架橋が性能の向上に寄与し、さらに、加熱によって疑似架橋をほぐすことが可能という機能も備わっています。これら性能が相乗効果を発揮し、優れた物性とリサイクル適性とを兼ね備えています。これにより、使用済み材料の価値を最大限に活かすことができ、資源の有効活用に貢献することが期待されます。

直鎖状エチレン系アイオノマーの高機能化は、用途多様化の可能性をさらに感じさせてくれます。例えば、航空・宇宙分野やエネルギー分野などメンテナンスの難しい環境での使用が想定される用途では、材料の長期間にわたる安定性が求められます。直鎖状エチレン系アイオノマーはその高い耐久性により、これらの要求を満たすことが有望視されており、長期間にわたる使用が可能になることで、総合的なライフサイクルコストの低減や廃棄物削減にも寄与します。

また、新たな試みとして、これまでアイオノマーやポリオレフィンが展開されてこなかった未知の分野への展開にも挑戦しています。例えば、直鎖状エチレン系アイオノマーは3Dプリンタによる造形性に優れており、金型加工では成形が難しい形状の造形物も作製が可能です。これまで3Dプリンタで主に使用されてきたABSPLAと比較して、材料の柔軟性や靱性などの物性において異なる特性を示し、新たなプロダクトへの適用拡大が期待されます。また、アイオノマーが分子内に持つ極性基が共有結合や水素結合を形成することができるため、金属などの結合形成が可能な被着体との接着も可能になります。この機能を活用する事で、例えば、二次電池材料のシール材や有機無機ハイブリッド構造の太陽電池の封止材などの、新しいプロダクトへの適応が期待されています。

新しい用途へのアプローチを通じて、直鎖状エチレン系アイオノマーが持続可能な社会の実現に向けて重要なキーマテリアルとなることを目指していきます。私たちが開発を進めている新しい素材直鎖状エチレン系アイオノマーが、未来において大きな価値を創出し、さまざまな産業分野での活用が進むことを心から期待しています。

参考文献

  • 日本ポリエチレン株式会社ホームページ
    https://www.j-polyethylene.com/products/ionomer/
  • 日本ポリエチレン株式会社特許
    特開2016-079408, 特開2019-112623, 特開2020-117712, 特開2020-143276, 特開2021-001332, 特開2021-001333, 特開2021-007744
  • シーエムシー出版「アイオノマー・イオン性高分子の開発」 監修:矢野紳一 平沢栄作
  • 成形加工 第35巻 第4 2023,高光航平・青木晋・上松正弘・服部高明・池野元 新規直鎖状エチレン系アイオノマーの材料特性

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